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名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)225号 判決

控訴人(原告)

西村佐男

被控訴人(被告)

北川進

ほか一名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人両名は各自控訴人に対し、金六八三万四五七八円及びこれに対する昭和五三年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

五  この判決の二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(控訴人)

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

二  被控訴人両名は名自控訴人に対し、金七八五万〇二四九円及びこれに対する昭和五三年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴費用は被控訴人らの負担とする。

四  二項につき仮執行の宣言。

(被控訴人ら)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人)

一  本件事故は、被控訴人北川進運転の加害車がセンターラインを越えて反対車線に進出し、控訴人運転の被害車の右寄正面に衝突し、控訴人に頭部外傷等の傷害を与えたというものであるが、右事故当時、加害車は建築材を満載して時速三〇ないし五〇キロメートルで、被害車は時速四〇キロメートルでそれぞれ進行しており、その両車が衝突するという重大事故であつた。そして、控訴人は、右により受けた傷害のため、入、通院を繰り返しているが、右傷害に起因する外傷性頸部症候群のため、頭痛、耳鳴、右肩胸部疼痛、違和感、倦怠感、左手指知覚鈍麻等の症状が継続し、現在も治療中である。よつて、昭和五二年四月三〇日までに控訴人の症状が固定していると認定した原判決は不当である。

二  仮に、控訴人の症状が原判決認定の時期までに固定していたとしても、本件事故の態様及び事故後における控訴人の症状からすると、その後遺障害を原判決認定のように自賠法施行令後遺障害等級の第一四級に相当するとするのは軽きに失し、当審鑑定人伊藤博治の鑑定の結果によると、少くとも、その後遺障害は第一二級には該当するものである。

そして、控訴人に右第一二級の後遺障害が残存するものとして、本件事故により控訴人の被つた損害額を算定してみると、その額は最低でも次のとおりとなる。

1 損害額 金九八四万三二五七円

(一) 治療費負担分 金二万四四〇〇円(原判決認定のとおり)

(二) 入院雑費 金一三万三五〇〇円(原判決認定のとおり)

(三) 休業補償分 金三六万五一九一円

一日金七七一九円についての昭和五〇年九月二〇日から昭和五二年四月三〇日までの五八九日間の金四五四万六四九一円から同期間中の収入金九一万一三〇〇円(昭和五一年分金九〇万円、昭和五二年分は金三万四〇〇〇円の三分の一の金一万一三〇〇円)を差引いた額

(四) 慰藉料 金三二五万円

入、通院期間に相当する慰藉料金二〇〇万円及び後遺障害程度に伴う慰藉料金一二五万円(自賠責保険金額金一五七万円の八割相当額)の合計額

(五) 逸失利益 金二七六万二一六六円

症状固定後七年間(二五五六日)に減収となる収入予定額の一四パーセントの金額(一日金七七一九円の二五五六日分の合計金一九七二万九七六四円の一四パーセント)、控訴人は大正五年九月一五日生れで、症状固定時六〇歳であり、六七歳までの七年間稼動可能として計算したもの

(六) 眼鏡購入費 金三万八〇〇〇円(原判決認定のとおり)

2 填補分 金一一六万円

3 現存損害額 金八六八万三二五七円

4 弁護士費用 金八〇万円

5 3、4の合計額 金九四八万三二五七円

(被控訴人ら)

一  控訴人の症状は、昭和五一年八月頃までに固定していることは原審証人坂野達雄医師の証言により明らかである。すなおち、右証言によれば、控訴人の症状は、耳鳴、頭痛、首と肩の凝りといつた自覚症状が中心をなし、それには老人性のものや心因的要素も絡んでおり、心の切り替えによりかなり軽快するというものである。

右のような症状は、自賠法施行令後遺障害等級の第一四級一〇号にいう「局部に神経症状を残すもの」に当たると判断するほかなく、控訴人も、自賠責保険の請求手続においてその後遺障害を第一四級と認定されたことを前提に本件損害賠償請求訴訟を提起し、これを争つていなかつたものである。

二  当審鑑定人伊藤博治は、控訴人の後遺障害を第一二級に該当するとしているが、仮に、医学上の鑑定として右一二級相当の判断が得られたとしても、法的判断としては右鑑定結果を一つの資料とはするものの別異に判断されるべきことは当然であつて、その判断に際しては原審証人坂野達雄の前記証言が十分参酌されるべきである。

なお、控訴人主張の損害額については、原判決の認定する限度において正当性を有するにすぎず、その余は認められるべきではないと考える。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生及び態様、右事故に対する被控訴人両名の責任等についての当裁判所の判断は、原判決理由一(原判決六枚目表八行目から同裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  そこで、本件事故に基づく控訴人の損害について判断するが、まず、控訴人の治療経過及び後遺障害の程度について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、成立に争いのない甲第六、第一六号証、乙第七、第八号証、第一一、第一二号証の各一、二、原審(第一回)における控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の二ないし四、原審証人坂野達雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第二五、第二六号証、原審証人坂野達雄の証言(ただし、後記措信しない部分を除く。)、原審(第一、二回)及び当審(ただし、後記措信しない部分を除く。)における控訴本人尋問の結果、当審鑑定人伊藤博治の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は、大正五年九月一五日生れの男性で、肩書住所地で仏具の製造修理販売を営んでいるものであるが、昭和五〇年九月二〇日午前三時半頃発生した本件事故により、頭部外傷、右頬鼻翼部挫創、頸椎捻挫、右前腕挫創群の傷害を受け、直ちに関ケ原病院に収容され、同年九月三〇日まで同病院で右傷害に対する入院治療を受けた。

2  控訴人は、右病院での治療の結果、創部が閉鎖し、疼痛腫脹も軽快したため、昭和五〇年一〇月一日肩書住所地の近くにある前田医院へ転医し、昭和五一年六月一二日まで入院、同年六月一三日から同年七月二六日まで通院(実通院治療回数三五回)して、本件事故による傷害(全身の打撲痛、特に頭痛、両肩痛、背痛、腰痛)に対する治療を受けた。すなわち、控訴人は、同医院で、右打撲痛に対する治療を受けたほか、その治療中に発現した不眠、食欲不振、全身倦怠、いらいら、頭重感、無気力感等の症状に対しても治療を受けたが、同症状は好転せず、その治療経過は思わしくなく、昭和五一年七月二六日転医した。

この間、控訴人は、昭和五一年六月二日星野整形外科で、同年六月七日市立四日市病院で診察、治療を受けたほか、同年七月には国立名古屋病院の整形外科で診察を受け、外傷性頭頸部症候群と診断され、長谷川整形外科医院で理学療法を受けるよう指示された。

3  そこで、控訴人は、昭和五一年七月二七日から長谷川整形外科医院へ通院治療を受けるようになつた。そして、控訴人は、同医院で、頭痛、頸部痛、悪心、眩暈及び両肩、両上肢に違和・牽引感、知覚鈍麻等を訴え、外傷性頸部症候群と診断され、同症状に対する治療を受けてきたが、治療効果はほとんど上らず、その症状は自覚症状を主とし、他覚的に著変が認められなかつたことから、昭和五二年四月三〇日までには症状が固定したものと診断された(この間の実通院治療回数は二〇九回である。)。

4  右症状固定後の昭和五二年五月一日以降も、控訴人は、長谷川整形外科医院に通院し理学的療法を受けたほか、現在まで各種医療機関で、外傷性頸部症候群としての頭痛、耳鳴、右肩胸部疼痛、違和感、倦怠感、左手指知覚鈍麻等の主訴に対する治療を続けているが、その治療には抜本的な効果がなく、専ら控訴人の主観的訴えによる苦痛を緩和するための治療が続けられているにすぎない。

5  控訴人は、当審における鑑定時(昭和五六年八月四日、同年九月三日の二回にわたり鑑定人伊藤博治医師の診察検査を受けた。)に、頭痛、頸痛等前記同様の症状を訴えているが、医学的検査結果に基づく右鑑定人の所見では、(一)頭部には変形、瘢痕、叩打痛、圧痛を認めない、(二)十二脳神経系統には特に異常を認めない、(三)頭部X線写真では外傷による異常は認めない、(四)脳波検査では両前頭、両中心部に限局性に鋭波を認める、特に右側に優位にみられる、(五)頸部では項筋が軽度萎縮していて、後頭部より両肩胛上部にかけて圧痛を訴える、(六)頸部運動は各方向に対して可能である、(七)頸部X線機能撮影では第六頸椎間腔の狭小がみられ、第四、五、六、七頸椎に変形性頸椎症が認められる、(八)両上肢の運動、知覚とも正常で病的反射を認めない、(九)両手指の運動、知覚とも正常である、(一〇)背部では亀背が認められ、右胸椎側彎も認められる、(一一)両下肢の運動、知覚とも正常で病的反射を認められない、(一二)平衡機能検査としてのロンベルグ氏現象(閉眼起立)は正常であること等が認められ、後遺症状は既に固定の時期に入つているものと判定された。また、後遺障害については、右鑑定人の所見では、自覚症状が多彩である割に、他覚症状及び検査結果の乏しいこと、本件事故の受傷に関係あると考えられる脳波異常が残つていること、変形性頸椎症が第四、五、六、七頸椎に認められ、同異常は加令現象的なものではあるが、頭部外傷等がこれを若干加速する働きを示すことがあり、そのため色々な自覚症状が出現し、かなり頑固に残ること等の点より控訴人の自覚症状は頑固に残るもの(ただし、右自覚症状には、心因的な要素のほか、加令現象も重複している。)と判定されている。

このように認めることができ、原審証人坂野達雄、当審における控訴本人の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した控訴人の治療経過等に照らすと、本件事故後昭和五二年四月三〇日長谷川整形外科医院において症状固定との診断を受けた日までの治療については本件事故による傷害のためになされたものであると認められるが、同日以降の控訴人の症状に対する治療については、本件に現われた全証拠によつても、本件事故との間に相当因果関係を肯定することはできないものといわなければならない。

また、前示乙第八号証によると、控訴人は、後遺障害に対する自賠責保険金受領の際、右症状固定後の神経症状に対し自賠法施行令後遺障害等級の第一四級に該当するとの認定を受けていることが認められるが、前記認定の本件事故の態様、控訴人の治療経過及び残存症状並びに当審鑑定人伊藤博治の鑑定の結果を併せ考えると、控訴人の右症状固定後の後遺障害は右障害等級の第一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当であり、これを第一四級とした右認定はにわかに採用し難い。

三  次に、控訴人が被つた損害額について検討する。

1  治療費関係 金二万四四〇〇円

前示甲第六号証、成立に争いのない甲第九号証の一、二、第一〇、第一一号証及び原審における控訴本人尋問の結果(第一回)によると、控訴人は、前認定のとおり昭和五一年六月二日星野整形外科で診察治療を受け、金一万七四〇〇円(甲第六号証)を支払つたこと、昭和五〇年九月二九日文書料金五〇〇円(甲第九号証の一)、同年九月三〇日文書料金四〇〇〇円(甲第九号証の二)、昭和五二年一月一二日X線フイルムのコピー代金五〇〇円(甲第一一号証)をそれぞれ関ケ原病院に支払つたこと、昭和五一年二月三日診断書料金二〇〇〇円(甲第一〇号証)を前田医院へ支払つたことが認められ、結局、控訴人は治療関係費として合計金二万四四〇〇円を支出し、同額の損害を被つたことになる。

2  入院雑費 金一三万三五〇〇円

前認定のとおり控訴人は本件事故により昭和五〇年九月二〇日から昭和五一年六月一二日までの二六七日間入院生活を余儀なくされたところ、入院中の雑費については特にこれを証する資料はないが、一般に入院期間中は一日当たり五〇〇円程度の雑費を支出するのが通常と認められるから、本件においても、控訴人は右入院期間中同程度を支出したものと推定され、結局、控訴人は入院雑費として少くとも金一三万三五〇〇円を出捐し、同額の損害を被つたものと認める。

3  休業損害 金三六三万五一九一円

控訴人は前認定のとおり仏具の製造修理販売業を営んでいるところ、成立に争いのない甲第一三ないし第一五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証並びに原審における控訴本人尋問の結果(第一回)によると、控訴人は、昭和四九年一月一日から昭和五〇年九月一九日までの間に金四八四万円(一日当たり七七一九円)を下らない収入を得ていたが、前認定のとおり本件事故が発生した昭和五〇年九月二〇日から昭和五一年六月一二日までは入院のため全く稼働できず、同日から症状固定の日である昭和五二年四月三〇日までの間は通院、治療のため十分稼働できなかつたため、昭和五一年は金九〇万円、昭和五二年は金三万四〇〇〇円の各収入を得たに止まつたことが認められる。そこで、これを前提として、右期間中の休業に伴う逸失利益を計算すると、金三六三万五一九一円(一日金七七一九円についての昭和五〇年九月二〇日から昭和五二年四月三〇日までの五八九日間の金四五四万六四九一円から同期間中の収入金九一万一三〇〇円(昭和五一年分の金九〇万円と昭和五二年分の金三万四〇〇〇円の三分の一を合計したもの)を差引いた額)となり、結局、控訴人は本件事故により右と同額の休業損害を受けたものと認められる。

4  逸失利益 金五六万三四八七円

前記認定のとおり控訴人には自賠法施行令後遺障害等級の第一二級の後遺障害が残存することが認められるが、同障害には心因的要素、老令現象も寄与していることを考慮すると、右後遺障害による控訴人の労働能力喪失の割合は一〇パーセント、その喪失期間は控訴人の前記症状固定時である昭和五二年四月三〇日から二年間と認めるのを相当とし、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。よつて、前記認定の昭和四九年ないし昭和五〇年における控訴人の一日当たりの収入金七七一九円を基準として右期間内の逸失利益を算定すると、金五六万三四八七円となる。

5  慰藉料 金三〇〇万円

本件事故によつて控訴人の受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料は、本件事故の態様、控訴人の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の程度等前記認定の諸般の状況を考慮すると、金三〇〇万円をもつて相当と認める。

6  眼鏡購入費 金三万八〇〇〇円

原審における控訴本人尋問の結果(第一回)及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一二号証によると、控訴人は本件事故により眼鏡が破損したため、昭和五一年一月三一日金三万八〇〇〇円を出捐して眼鏡を購入したことが認められ、右出捐額は本件事故と相当因果関係がある損害と認めるべきである。

7  填補 金一一六万円

成立に争いのない甲第一九号証の一、第二〇号証、第二一号証の一によれば、控訴人は本件事故に伴い被控訴人丸富士運輸株式会社から休業損害金六〇万円、安田火災海上保険株式会社から自賠責後遺障害保険金五六万円の合計金一一六万円の支払を受けたことが認められる。

8  弁護士費用 金六〇万円

控訴人が、原審では志貴三示、志貴信明の両弁護士に、当審では塚平信彦弁護士に本件訴訟の遂行を委任したことは記録上明らかであるところ、本件請求額、認容額、事案の内容、訴訟の難易等の状況によれば、本件の全弁護士費用中被控訴人らが負担すべき金額は金六〇万円と認めるのが相当である。

四  以上の次第で、控訴人の本訴請求は右三で認定した損害額の合計金六八三万四五七八円及びこれに対する本件事故後である昭和五三年六月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よつて、右と一部結論の異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 早瀬正剛 玉田勝也)

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